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2011-05

塩田剛三については聞けない

Twitterで、友人 @jinnki_orig との会話の中で、僕が塩田剛三について自分の先生に話を聞けない、ってのがあってね。

僕が習っている雄神会の八木先生は塩田剛三先生の内弟子だった人で、直伝を授けられたばかりか身の回りの世話、風呂に入れば背中を洗う役まで仰せつかった人なわけですよ。
すでに養神館を出て一流派を名乗ることを許されているのですが、今でも養神館の方の相談を受けているくらい縁があるんですけどもね。
てことは、僕は聞く気になれば<あの伝説の>塩田剛三について話を聞く機会はいくらでもあるんですよ。
八木先生は塩田剛三に憧れて養神館に入り、今でも塩田が好きだと仰りますからその人となり、エピソード、養神館を取り巻く状況なんかを聞こうと思えばいくらも聞けるわけです。ひょっとすると世間に知られてないことだって聞けるかもしれない。先生も別にもったいぶったりしないしね。
でもねえ、そういうのを聞く気にならないんですよねえ。
jinnki_orig と話したときには「恐れ多くて」と表現しましたけれども、よくよく考えると少し違うんですよね。ってか、恐れ多い、に前段があるってかね。

僕が合気道を習ってるってことは、強くなるためなんですよ。少なくとも合気道が上手くなるために稽古をしてるわけ。
でも、僕が合気道がヘタだっていうことと塩田剛三が強かったっていうことには何の関係もない。
でね、塩田先生のエピソードを聞いて、自分の合気道の糧になるかって言ったら、なるワケないんです。
あのね、塩田剛三がどんな練習したかとか、どんな心構えで臨んでたかっていうことは聞くことはできるかもしれん。でもそれが俺の合気道の何に影響があるの?ってことなんですよ。
俺が塩田剛三と同じように練習をするのか。俺が塩田剛三と同じ心構えを持てるのか。
いやいやいや、なんかの参考になるっていう領域ってさ、稽古に対して持てる力の全て、全身全霊を打ち込んでもう自分の能力を超えた先の超人の生き方をヒントにしたい、ってことになるんじゃないの。
あるいは「参考にする」って言い訳は、稽古をろくすっぽやってない自分の今の能力さえ測る事が出来ない程度の人の、単なる自己満足なんじゃねえの。

今の自分の能力からしたら、自分の先生は魔法使いなんですよ。
もし戦ったら3秒で手足もがれてケツから手ェつっこまれて表裏反対にされるくらい差がでかい。参考にするっていうのは、もう少しレベル差が近づいてからの話なんです。
僕レベルの人間が塩田先生の話を聞いても、それは自分の好奇心でしかないし、そんなのは合気道に対して動機が不純ですよ。
合気道の話を目の前にいる八木先生じゃなくて、さらに塩田先生の話を聞くっていうのは、八木先生に対しても塩田先生に対しても失礼に思えますしね。
八木先生はざっくばらんな方なんでそんなことは思われないでしょうけども。もしかするとご機嫌でお話してくださるのかもしれませんしね。ただ、俺がそう気にするって話で。

うまくなる、強くなるためには、今の先生に従って真面目に稽古することです。
実際俺はそんなに真面目じゃないし、コツコツなんてできない三日坊主の怠け者なんですよ。
だから塩田先生の話は、なかなかこちらからは聞けないんですよね。先生が話してくれたら、そりゃもうありがたく聞くんですけどねww

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