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合気道は受動的な武道?

  • 2011-07-13 (水) 23:46
  • 雑感

ども。
皆さん暑いですけど元気に稽古してますか?
いやもうこちとらバテバテですけどもー

さて、皆さん、合気道っていうとどんなイメージ持ってます?
僕がもともと合気道に興味を持ったのは、やっぱりスマートでカッコイイと思ったからです。すまんね単純で
曰く「気で倒す」。曰く「和の心」。曰く「相手の力を使う」。 とかとか。
超能力みたいな力を使ったアメージング・ブシドー!サムラーイ!ニンジャ!の技だと思ってました。
ちょっとした読み物を読むと「開祖の植芝盛平は新興宗教の大本教の教祖、出口王仁三郎とともに満州に渡って馬賊相手に大活躍!撃ってくるピストルの弾を避けた」とか「殺気が白い光になって見えた」とか「ケネディのボディーガードを焼き鳥にして味噌つけて食った」とか、オカルト情報誌「ムー」に出てくるようなエピソードが一杯あるわけです。
昔、飯田耕一郎って人が書いたマンガで超能力者の女性主人公が合気道で神秘の技を発揮した、ってのもあったし。
なんか思想的なものがあってインテリっぽくてカッコイイと思ってました。

そういうふうに合気道をいろどる話の一つに「合気道は攻撃しない」ってのがあるわけですよ。相手が攻撃してきた力を利用して相手を制するんだ、って話。
悪い奴が襲ってきたら、その力で相手を懲らしめるんだ。護身術なんだ、ってわけ。
実際そういうふうに教えている所も多いですし、「平和的な武道」ってみんな思ってると思うんですよ。教えてる人、やってる人も含めてね。
まあ確かにそういう面もありますけども。

でもまあ、こう、ぶっちゃけて言うと、それって違うんじゃないの?と思い始めたわけです。

何がきっかけかと言えば、まず合気道は痛いわけです。
マンガやテレビじゃそりゃもう鮮やかに極めます。イタタタタ、なんて言っても痛そうに見えないですよ。どっちかっつーと演技してるようにしか見えない。
投げられてるのを見ても、通ぶった人に言わせると「アレは自分で飛んでるんだ」なんてね。
抑えられている方はなぜか力が抜けたようになって抵抗できないなんてこと言うし、ハハア、合気道ってのは相手をやっつけるんじゃなくて身動きできなくするんだな、ってなんとなく思っちゃう。
神秘の力で体の自由を奪うのだ。サムラーイブシドーニンジャーメソッド

やってみるとウソばっか。
いや誰もウソなんかついてたわけじゃないですけども。俺のイメージがね。
何がウソかって「痛そうに見えなかったのがとんでもなく痛かった」ってことで。
三ヶ条(三教)は体をもてあそばれる屈辱的な痛さだし、四ヶ条(四教)なんてのは腕に穴があくかと思いますからね。実際青痣できますからね。

その当たりで「優しく健康的な合気道」なんて幻想は壊されるわけですよ。
でもって技の意味を習っていくにしたがって「四方投げは肘を壊しながら投げる」「肘締めは逆関節だから簡単にポッキリ」「正面入り身は首をひねった上で背骨を狙う」なんてことをね。
ああ、こりゃ人を殺す技だなあってことがわかってくるわけで。

もうこの当たりになるとどっちが先に攻撃したかっていうのにはあんまり意味は感じられなくなってきましてですな。
相手より有利な位置、体勢になっているかだけが重要なんで。
技術の一つとして「誘い」ってのもありまして、こちらが手を出す、あるいは相手を狙う動作によって相手が攻撃を始め、それを受けて技を出す、なんてやるわけですよ。
コレを「攻撃しない」なんてとても言えませんわね。

ましてや「もし当身が極まればそれでいいんだ」って先生おっしゃいますからね。
つまり「ブン殴っちまって極まればOK」なわけです。
やっぱり「護身術」なんて言い方は生徒を集めるための方べ…あわわわなんでもない

先手か後手かということの違いであって、実のところ攻撃であることに変わりは無いわけですし、よく考えてみると合気道の「仕手・受け」の動作って変なんですよね。
合気道では「受け(やられ役)」が「仕手(攻撃側)」に対して攻撃動作をするところから組み手が始まります。
攻撃動作には突きとか、正面打ち、横面打ち等の動作があります。これは刀や短刀で攻撃された場合を模したものなんですけども、これらの他に受け手が相手の手を掴みに来る動作がある。「片手どり」「両手どり」「諸手どり」「後ろ両手どり」なんて分かれてますが、そもそも、その「手を取りに来る」って何よ?

僕は当初「攻撃側が技をかけやすくするための約束動作」だと思っていました。
だいたいケンカだって相手を殴ったり蹴ったりすることから始まるだろうし、刀があれば切りかかるだろう。それをわざわざ手を取りに来るってデートのお誘いかよ、って。
しかし「後ろ両手どり」をしてるときにふと思ったんです。

「後ろ両手どり」というのは、お互い向かい合い、受けが正面から打つ動作から始まります。仕手は打ってきた面を払い、さらに突きを受けに打ち込みます。
それを受けは払って後ろに回りこんで相手の両手を抑えます。

こんな回りくどい約束動作なんて現実にはねえよ、と思ってました。
でもふと、なんでこんな回りくどいことするんだ、なんでわざわざ後ろに回るんだ、なんで腕を押さえるんだ、ってあらためて考えたら…
ああ、そうか。相手は刀を持ってるからなんだ、って気づきました。
てことは、片手どり、両手どりも全部一緒なんですね。相手が武器を持ってるからそれを抜かせまい、使わせまいと必死になって押さえに来てるってことです。潜在的に仕手の方が有利な状況にあって、それを抑えようと受けが攻撃してきてる。
結局、仕手は最初から「攻撃側」だった、ってことです。

合気道っていうのはやっぱり武術ですよ。
防御主体の技術ってわけじゃないんですねえ。


Comments:2

伸之介 11-07-14 (木) 7:47

m(_伸_)m 御意ッ!!!!

 一般的なimage(?)とは裏腹に、ドコ迄行っても“武術”だと思います。

admin 11-07-14 (木) 21:35

伸之介さんいらっしゃい!
合気道が「平和的」とか「和」とか「護身」とか言い出したのは生徒を集めるたm…
あああわわわわなんでもない

ただ、武術っていうのも現代社会では居場所が無いですからねえ。
そもそも野蛮な技術ですから…
柔術の試合をこないだ動画で見ましたが、投げれば柔道じゃ一本ですけど、投げた後にどうやって絞めるか、抑えるかで攻防がありましたからねえ。
僕はそういう野蛮な攻防が大好きですけどww見てる分にはwww

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